【家族心理学研究者の第一人者にインタビュー】
文教大学准教授/臨床心理士・家族心理士 布柴靖枝先生
DICT統合カウンセリングセンター
インタビュアー 東北大学大学院教育学研究科 越道理恵
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Q1) 先生のご研究のテーマの説明をお願いします
-アイデンティティーは臨床-
私のアイデンティティーは臨床家です。だから、私は目の前にいる人が少しでも楽に、いい方向に解決に持っていけるような手法だったらすべて取り入れて学びたいと思っています。臨床の統合的なものを研究していきたいと思っています。
-アイデンティティのルーツ-
今は、臨床心理士そして家族心理士として仕事をしていますが、私自身もともとソーシャルワークの出身です。今思うと大変、恵まれていたと思うのですが、学生時代に精神分析的なトレーニングを「葵橋ファミリークリニック」で受けることが出来ました。毎週逐語録を書き、毎週SVを受けるという濃厚な経験でした。葵橋ファミリークリニックはデッソー先生というアメリカ人の精神分析のトレーニングを受けたソーシャルワーカーの先生が戦後まもなく開設した京都にあるクリニックです。という経緯があるので、当初は、精神分析的に家族関係という視点から、理解し援助することから私の臨床はスタートしました。
-家族療法との出会い-
私が最初に就職したのが神戸市で、対象にした生活保護を受けているクライエント(以下Cl.)は多問題家族ばかりでした。そこで、分析的なアプローチだと、問題は山と見えるのですが、目の前で起こっている問題を少しでも早く援助するにはどのようにしたらいいのか、問題の解決の前に、次々と問題が起こってくる悪循環の中で、無力感にさいなまれることがしばしばありました。そこで、出会ったのが家族療法でした。それが1988、9年ごろでした。当時は、わらをもつかむおもいといっても過言ではなかったかもしれません。システムにアプローチすることで、今まで袋小路でさじを投げかけていた多問題家族がどんどんいい方向に向かっていく姿を見ることが出来ました。まさに「目からうろこ」状態でした。そこから私は家族療法にのめりこんでいきました。
- 統合のポイント-
いろいろな統合の方法があると思いますが、私の中の統合の仕方っていうのは、Cl家族.を中心に統合した手法を取り入れていきます。要は、Cl.のニーズに合わせてということですね。つまり、抵抗なく変化を起こしやすい方法から、アプローチしていきます。「メニュー」の多い臨床家になれればと思っています。
Q2)先生の師はだれですか?また、影響を受けた人物は誰ですか?
-「自己覚知」を通して―松本律子先生-
沢山います。でも、中でも臨床家としての基本と柔軟性を叩き込んでくださったのが、全く無名の先生ですが、葵橋ファミリークリニックの松本律子先生ですね。 また、セラピーの方法だけではなく、先生には自己覚知self-awareness、「自分自身を覚え知る」。自分自身としっかり向き合っていく、作業をグループで8年くらいトレーニングしてもらいました。大変パワフルな経験でした。この体験があったので、どんなクライエントにあっても腰がすわるようになったと思います。
○トレーニングとしての「自己覚知」
自己覚知っていうのはカウンセラーとしての資質・感性を養うためにいいトレーニングの一つだと思っています。臨床家としての感性と理論と技法の三つが重なった部分でしかClに向かい合えないと思っています。ここがずれるとクライエントと対峙した時、及び腰になってしまいます。研究者としてはまだ駆け出しですが、臨床家としてはあそこで基本を叩き込まれたことはほんとに感謝しています、松本先生に。とても厳しい愛情を持って接してくださった先生でした。
○出会いから
出会った先生がすべて師です。そして、何より、Cl.が一番の師ですね。Cl.の方に教えられることが多いです。
Q3)最近の社会問題で気になることを教えてください。
○バージョンアップのチャンス
いろいろ気になりますが・・・。ただ、今、若い世代をめぐる、いろんな社会問題が起こってきています。でも、これは私の目から見れば、世代間で背負ってきたいろんな未解決の問題を清算する余裕が出てきて起こってきているのではないかとも一方では思えてなりません。
今までは余裕がなかったのですよね。それは戦後、日本全体が敗戦をきっかけにすべてを喪失し、アイデンティティー・クライシスを体験し、瀕死の状態を生き延びるためにがむしゃらにやってきました。そのおかげで一方では物質的には豊かな国になりました。ただし、その反動が今、取り残されてきた心の問題として社会現象のようにでてきたのではないでしょうか?いいかえればやっと心の問題に取り組む余裕が出来てきた。だからこそ、今様々な心を巡る問題が出てきているようにもおもいます。いわば、戦後60年たちましたが、国全体がモーニングプロセスの最終段階を経験しているようにも思います。ここからが勝負だと思います、日本は。
危機はチャンスとよく言われますが、社会問題をきっかけにしっかりと向き合ってバージョンアップ、という一つのチャンスにもなるかな、と思ってます。
Q4)お薦めの本を教えてください。
好きな本を読めばいいと思います(笑)。自分の読んでみたいなぁっておもう本を手にとってみればいいと思います。私の読む本はほんとにランダム。手にする本は何でも勉強になると思います。
Q5)家族心理学を学ぼうとしている人へ一言メッセージをお願いします。
家族を扱うということは社会を扱うことになりますから、いろいろなレベルのシステムを見ていきたいと思っています。そういう意味で、ラージャーシステムでは、女性問題に関する団体BPWIに入っています。国連の諮問機関になっているNGOなので、国連の会議に参加したりしています。世界各国がどのような方法でネゴシエートして、決議していくかのプロセスを見ることは、家族をみることと共通したものを感じます。
○ 家族療法を勉強して
家族療法の勉強をして、世界が広がった気がします。それと、フレキシビリティを学びました。リフレーミングの方法やポジティブコノテーションの方法を学んで、失敗に見えたことも失敗に終わらせずに変えることができることを教えてもらいました。
○「家族は楽しい」
初回の面接の中でCl家族.は、問題の最悪の状態について語りますよね。この最悪な問題を「起こってよかった」と家族に思ってもらうためにどうすればいいか考える。それが楽しいです。家族が「問題が起こってよかった」って思うようになったらリフレームされ、家族が大きく変化しだします。それに命を懸けているようなものです、私は。それに元気になっていく姿を見ると、こちらまで元気をもらえますね。
○ 家族の醍醐味
家族の変化は予想以上のところで起こってくるから面白くて仕方がありませんね。喧々諤々でやり合っているような家族が、次に来たときには、和気あいあいあになっていたりとか。そういう姿を見ると「すごいなぁ」って思います、家族の力。システムは部分の総和以上だっていうふうに言われますよね?変化も同じです。その分ハラハラどきどきすることも途中のプロセスではありますけれどもね。「あれがだめならこれしよう。これがだめならあれしよう」とか絶妙のタイミングで家族の力を自然に引き出していくところが、なんといっても家族療法の醍醐味ですね。