【特集】

 家族心理学・家族療法に関する特集を、掲載していきます。
○日本家族心理学会 2008 【学会特集】NEW
○日本家族研究・家族療法学会 2008 【学会特集】
○【追悼特集マイケル・ホワイト氏】

○第1回 ソリューションランド 2007
○日本家族心理学会 2007 【学会速報】

○日本家族研究・家族療法学会 2007 【学会速報】
○【追悼特集ポール・ワッラウィック博士】
○10万ヒット記念リニューアル、ソリューション.net
○追悼特集インスー・キム・バーグ女史 】
○日本ブリーフサイコセラピー学会 2006 【学会速報】
○ワークショップ速報:【下山晴彦先生、中釜洋子先生】認知行動療法&家族療法ワークショップ-臨床 心理士としてのスキルアップを目指して−
 ○シンポジウム速報:発達障害児の理解と援助(2006年8月1日)
 【藤井和子】「臨床から感じてること」
【吉川徹】「発達障害児への医療支援」【深浦勇】「早期教育(療育)」【高橋万由美】「発達障害児と家族の支援ニーズ」
 ○日本家族心理学会 2006 【学会速報】 【いちおしプログラム】 【いちおしレポート】
 ○日本家族研究・家族療法学会 2006 【学会速報】 
 ○シンポジウム感想
 ○シンポジウム速報:【松嶋秀明】実践に埋め込まれた理論を探る
 ○シンポジウム速報:【若島孔文】短期療法、その基礎なるもの
  ‐二重拘束に関する実験的展開 -

 ○第1回【家族心理.com】主催シンポジウム(2006年3月19日)
 ○異分野間学術交流会議 in 東京大学 速報 (2005年11月29日)
 ○リン・ホフマンワークショップ 速報 (2005年10月13日)
 ○2005年度家族心理学会 学会速報 (2005年7月16,17,18日)


●【日本家族心理学会 2008・学会特集】

日本家族心理学会第25回大会が、東北工業大学八木山キャンパス・仙台国際センターにて開催されます。

日本家族心理学会第25回大会
会期:2008年8月22日(金)〜24日(日)
会場:東北工業大学八木山キャンパス・仙台国際センター (宮城県仙台市)

大会HPはこちら

○大会企画シンポジウム
「家族支援における専門家のコラボレーションのあり方」
講師:団 士郎先生 (地域/家族心理分野  仕事場D・A・N)
      米川 文雄先生 (虐待支援分野  小松島子どもの家)
      中釜 洋子先生 (家族心理分野  東京大学大学院)
      本間 彰博先生 (精神科医/行政分野  宮城県子ども総合センター)


 ”皆さん、毎日の新聞やテレビの報道を眼にするたびに心が痛みませんか?何と現代は子どもの受難の時代でしょうか。そしてその背景にはさまざまな問題を抱えた家族がいます。そうした家族を支援するために、これまでも、多くの専門家達がそれぞれの分野で心を砕き、努力してきたはずです。  今回は、こうした多種多様な専門的援助活動を振り返り、共にどのような共働ができるかを探る、まさに【コラボレーション】をテーマに論議いたします。記念講演には、英国でいじめや虐待で苦しむ子ども達の救済に携わっているロンドン大学のピーター・スミス教授を迎え、その実践の紹介と講演をお願いし、それを受けて、、大会シンポジウムでは、次の方々で各分野の実践と課題に関して論議して頂きます。  すなわち、地域で家族支援を実践している家族心理学の立場から団士郎氏、福祉の分野では養護施設で虐待支援に携わる米川文雄氏。家族心理学の分野で研究・実践に関わる東京大学大学院の中釜洋子氏、さらに、精神医学の分野で子どもの支援と治療を行う精神科医の本間博彰氏を迎えます。これからの家族の力をどう高めていくのか、さらに脆弱化した地域の相互支援力を今度どう強めるのかをめぐって、大いに激論を交わして頂きましょう。  今こそ「学際の時代」、専門家たちがどのように共働できるかを、まさに【これこそコラボ】を共に探っていきたいものです。未来の豊かな家族の構築に向けて!! ”





●【日本家族研究・家族療法学会 2008・学会特集】

日本家族研究・家族療法学会第25回大会が、東京・国立オリンピック記念青少年総合センターにて開催されます。

日本家族研究・家族療法学会第25回大会
2008年6月5日〜8日 国立オリンピック記念青少年総合センター(東京・参宮橋)
大会テーマ 『人、家族、そして文化:単一性の幻想からローカルな語りへ』

大会HPはこちら

○公開シンポジウム
「日本家族の未来と解決策」
講師:山田昌弘先生(東京学芸大学)、斎藤環先生(爽風会佐々木病院)
    児島達美先生(長崎純心大学)、福山和女先生(ルーテル学院大学)


 ”社会的ひきこもり、パラサイト・シングルなど、若者の家族からの自立が問題になっている。近年の日本社会の大きな変動のなかで、これらは日本の家族に特有の問題なのであろうか。これからの日本の家族はどこにゆくのか。我々は、どのような解決策をもてるだろうか。すべての家族支援者にとっての緊急課題について考える。”





●【追悼速報 マイケル・ホワイト氏】


 メキシコのラテンアメリカ家族療法研究所の矢代先生より連絡あり、4月4日、ナラティブセラピーのマイケル・ホワイト氏が、ご逝去されたとのことでした。病名は心筋梗塞によるものと伺っております。
 59歳の短い人生でしたが、HPによるとご逝去の際には愛し合っている方と供にいたとのことでした。

 心よりご冥福をお祈りいたします。

詳しくはこちらをご参照ください→
Adelaide Narrative Therapy Centre


<ご著書>
子どもたちとのナラティヴ・セラピー
子どもたちとのナラティブ・セラピー
著者: M.ホワイト  A.モーガン小森康永 (翻訳)
セラピストの人生という物語
著者:マイケル・ホワイト小森 康永 (翻訳)
ナラティヴ・プラクティスとエキゾチックな人生―日常生活における多様性の掘り起こし

著者: マイケル・ホワイト 小森 康永(翻訳)

●【第1回 ソリューションランド(大会)】

第1回ソリューションランド(大会)が札幌にて開催されました。

第1回ソリューションランドについて

「ソリューションランド」はEBTA、SFBTAなど欧米で開かれている同様のイベントを、 是非日本でも実現させたいという強い願いを持った人たちが集まって生まれました。
そこでは参加者全員が、知識や経験の大小に関わらず、皆がお互いを尊重し、同じ土俵で楽しく意見を述べ合うものです。

その第1回が今年の7月15日札幌で開催されました。札幌にはインスーも訪れたことがあり、スティーブの大好きなビールでは、ミルウォーキーとも縁のある都市での開催でした。
本来ならばそのインスーをお招きして第1回を開催する予定でしたが、残念ながら天国からのご参加となりました。

 各プログラムは発表者、進行役と参加者が一体となって自らの日々の活動について意見交換しあうものでした。また最後の 「インスーからの贈り物」ではBFTCのメンバーらの活動初期の頃の思い出話や笑い話をビデオで見ることが出来、 このアプローチのベースにある人間味を感じることが出来ました。
 加えてスティーブの最後の書物となったMore Than Miraclesの最後の章のQ&Aをご紹介いただき、SFAの今を学ぶことが出来ました。

その他大会の様子はこちらのホームページからご覧ください。

http://www.solution-land.com/

北海道のスタッフの方々の細かい配慮で、とてもアットホームな楽しい会となりました。来年は8月に東京で開催する予定です。小さな一歩を大切にする会ですので皆様のご支援を宜しくお願いします。

ソリューションランド サイト管理者 竹之内裕一

back



●【日本家族心理学会 2007・学会速報】

日本家族心理学会第24回大会が、立正大学にて開催されました。

日本家族心理学会第24回大会
2007年6月15日 6月16日 6月17日 立正大学(東京)
大会テーマ 『Family Life and Science −地震・雷・家事・老後−』

第二十四回大会公式新聞6月15日発行ミツキ・ニュース第一号
第二十四回大会公式新聞6月16日発行ミツキ・ニュース第二号
第二十四回大会公式新聞6月17日発行ミツキ・ニュース第三号


大会記念講演
「創造と原点回帰:ベイトソン理論と家族療法の発展が紡ぎだす新たな相互作用」
講師:メアリー・キャサリン・ベイトソン先生 司会:長谷川啓三先生(東北大学) 通訳:大澤智子先生(兵庫県こころのケアセンター)

 キャサリンベイトソンの講演はとても興味をひかれました。グレゴリーベイトソンの思想の変遷をとても自然な流れとして概観することができ、人類学者の彼が晩年に家族療法と距離を保ってきたことをなんとなく理解できたような気がしました。
 司会の長谷川先生のユーモアも、トピック転換によって場の雰囲気をガラリと変えて和ませ、絶妙でしたね。人間ベイトソンにぐっと近づけた感じがします。(東北大学教育学研究科博士課程 三谷聖哉)


 メアリー・キャサリン・ベイトソン先生による、知の巨人グレゴリー・ベイトソン哲学の明快な解読が行われた。前日にG・ベイトソン入門を企画した一員の自分としては、感慨深いものがあった。メアリー氏いわく、「サイバネティクスな視点に立って、ある種の“結びつけるバターン”を観察すれば、家族も森も世界も人間の体にも、共通するパターンを見出せる。そこから、“詩(poem)が生まれる」。
 生物の体分節のパターンと部族間が分裂するパターンの共通性を見出したG・ベイトソンは、その後サイバネティクスという言語を手に入れた後に、精神分裂病から、たこ、イルカ、そして森や地球の生態系全てに通ずるものまでを、ある共通する精神のパターンとして結びつけ、記述し始めた後、最期に行き着いたのは「天使も恐れる」美や聖や愛についての深遠なまでの哲学だった。
 そのような背景をすべて踏まえつつ、「そこに詩が生まれる」という絶妙な表現をされたメアリー氏。筆者はその表現の優しい包み込むようなニュアンスに深くこころ打たれた。
 家族療法家への提言としてメアリー氏は、「家族システムに介入する」が前提ではなく、まずは、「異文化に接するときのように、家族という一つの未開のシステムを“理解”しようと努めることを前提とするほうがよい」とおっしゃられていた。異なるシステムへの理解と気付きこそ、新たな”結びつけるパターン“を生み出すのだろう。G・ベイトソンから、そしてメアリー氏から受け継いだこのコトバを深く刻んで、これから出会うすべてのシステムを理解していきたい。  (武蔵野大学大学院 高橋誠)


自主シンポジウム
「イジメ問題を斬る」
話題提供者:生田倫子先生(武蔵野大学) 吉田克彦先生(平塚市子ども教育相談センター) 駒場優子先生(世田谷区教育委員会) 司会者:若島孔文先生(立正大学) 指定討論者:長谷川啓三先生(東北大学)

 少家族療法の実践事例から、イジメ問題を包括的に捉える視点が提示された。筆者は途中参加したため、駒場優子先生の発表から聞かせていただいた。駒場先生は「傍観者」からみたイジメ事例について語られた。傍観者、そして学校自体が“イジメ”に拘束されている。セラピストはそれを逆手にとって有効に活用することも必要であるという視点が興味深かった。本発表では「傍観者」がイジメを何とかして欲しいと訴えてきた事例だった。来談回数の少ないSC活動では、一回の活動で目に見える変化を起こすことが、クライエント(IP)の視点に立ったときに重要になるということが語られた。
 生田倫子先生は「イジメ加害者」からみたイジメについて語られた。いじめが長引くパターンとして、昔加害者だったものが今被害者になっていることがあり、その場合加害者がわに「正義」があるため、ケースが難しくなる。また加害者の家族に問題がある場合も、加害者側には不条理な気持ちがあるなど、加害者からの視点を軸にイジメを見るという新たな視点が斬新だった。
 長谷川啓三先生は、3名のお話を聞いて、人間の行動にはある種の「大義」があり、家族療法やシステム的な介入も、人が持つ「大義」を理解するようなヒューマニスティックな視点がこれから大事になるとおっしゃられた。
 イジメには参与者が数多く存在するが、それぞれの視点が存在する。家族療法ではパンクチュエーションなどの考え方によって、話される人からみると事象は違って見えると古くから指摘があった。それぞれの視点に立つということは、巨視的なシステムの傍観者には難しいことだと思える。そこに生きる人々が、起こった出来事をどのような「視点」や「大義」で捉えているかを考えることは重要だと改めて感じされられるシンポジウムだった。 (武蔵野大学大学院 高橋誠)


準備委員会企画シンポジウム
「少子化問題、解決への提言」
演者:柏木惠子先生(文京学院大学) 野末武義先生(明治学院大学) 若島孔文先生(立正大学) 司会:楡木満生先生(立正大学)

 少子化問題に対して、家族心理・療法の専門家である3人の先生から解決への提言がなされた。野末武義先生は長期的視野に立った予防的なアプローチを主張された。特に印象的だったのはこれまでの支援の対象が大人に集中しており、子ども時代からのアプローチが重要になってくるだろうという視点だった。root of empathy(共感の根)という海外のアプローチを参考に、共感や情緒的発達の促進を促すというプランは興味深かった。
 若島孔文先生はシンポジウムに先駆けた研究を軸に、人口置換水準である出生率2.09に0.1でも近づけることが重要という視点が面白かった。家族療法でいうスケーリングではないが、具体的な方向性が決まっていないセラピー宜しく、日本の少子化対策の漠然とした方向性に対する鋭い批判的視点だと思われた。
 柏木惠子先生は、ご自身や今までの先行研究を統合した視点から幅広い議論をされた。まず、「少子化問題とは誰が問題視しているのか?」と問われ、国の為に子どもを作る人はいないこと、少子化そのものが問題なのではなく、「本当に子どもが欲しいけど、先行きが不安定で子どもを産むことが出来ない人」がいることこそ問題だと、新たな問題提起をされ、筆者は目からウロコの心境だった。また、子育てより母親自身のアイデンティティが不安定になることが問題であるなど、実証研究から見えてきた新たな視座は画期的だった。
 筆者個人としては、日本という大きなシステムが、子どもが少ない状況に対して“少子化問題だ”と声高に叫ぶ自己制御を働かせているように思えてならない。それが悪循環なのかもしれないと、本発表を聞かせていただいて思うようになった。 (武蔵野大学大学院 高橋誠)

back



●【日本家族研究・家族療法学会 2007・学会速報】

日本家族研究・家族療法学会第4回大会が、龍谷大学にて開催されました。

日本家族研究・家族療法学会第24回大会
2007年5月27日 龍谷大学(京都)
大会テーマ 『 家族臨床における家族研究の可能性』

ランチョンセミナー
「認知症の家族を支えるための薬物療法のあり方」
講師:松本一生先生

 認知症の初期の段階に薬を処方するのは、症状を自覚している本人の不安を抑えるためだが、中期以降からは認知症を支える家族のストレスを支えるためという意味が多くなる。認知症の中核症状(物忘れ、方向が分からないなど)に使われている薬は、患者さんの症状と照らしあわせて、場合によっては抑うつ剤や抗精神薬と併用が効果をあげる場合がある。また、脳に異常があるほうが効きやすいとされ、一般的な処方の5分の1ほどから始めるそうである。
 薬の処方は、医師の判断に任せられるものだと思っていたが、ケアの現場の人や家族の意見を聞きながら、薬を微調整して処方するという。松本先生は、「薬を4分の1錠」処方すると薬剤師さんを困らせてしまうというエピソードなどで笑いを誘っていたが、患者さんやその周りの人のことを第一に考え、きめ細やかな調整が必要だと感じた。




大会企画
「クライエントベースの臨床研究」
実践者:磯貝希久子先生、阪幸江先生、高橋規子先生、松本一生先生

クライエントベースの臨床研究というテーマでの企画。4人の先生が行われている活動はそれぞれで、一見すると共通性がないように思えた。会場で共通点と差異に着目したところ、論理体系の部分では共通性があるが、抽象レベルがバラバラであり差異となっている。それは、ベイトソンでいうコンテンツとコンテクストの違いであるそうだ。このような議論の中で、@果たして臨床は研究なのか?A臨床研究とは何か?という問いが生まれた。それは、臨床という実践の場に研究を組み込んでいかなければならないのかという問いである。いろいろな意見が出たが、家族研究はコンテンツの積み重ねの研究であり、家族療法は相互作用の産物である、つまり論理レベルが違うことなので臨床研究という語に対してひとつの答えを出すのは難しそうである。

back



●【追悼特集 ポール・ワツラウィック博士】

 
世界で始めてMRIにブリーフセラピーの研究所を立ち上げたメンバーの一人、ポール・ワツラウィック博士が3月31日にご逝去されました。ブリーフセラピーへのご功績を悼み、謹んでご冥福をお祈りいたします。 ..詳しくはMRIのサイト(こちら)をご覧下さい。

【ポール博士への追悼メッセージ】

【立正大学心理学部 楡木満生(にれぎみつき)先生からのメッセージ】

ポール・ワツラビィック先生のご逝去の報に接して

 家族療法の発展史に重要な意味を持つコミュニケーション派のMRIMental Research Institute)研究所の第3代目の所長ポール・ワツラビィック先生が20073月にご逝去されたと聴き、本当に残念でたまりません。私は1999年にMRIで家族療法を研修する企画を作り上げて以来、ほぼ毎年家族療法の研修にMRI研究所の行き、ワツラビィック先生の優しく分かり易い講義を聴いてきました。最後にお会いしたのは、2005年のことで、そのときパーキンソン病ということで、多少震えがあるようでしたがお元気で私たち一行を歓迎してくださいました。家族でも会社組織でもそうですが、3代目がしっかりとしている組織は安泰であるとよく言いますが、ワツラビィック先生は第1代目所長ドン・ジャクソン、第2代目所長ジョン・ウィークランドの後を受け、MRI研究所の3代目所長として、現在のMRI研究所を率いてきました。ワツラビィック先生が所長になった頃、家族療法の変革期にあり、先生はコミュニケーション派のMRIイメージを、さらに個人療法をも視野に入れた統合的な心理療法(例えばナラティヴ療法・短期療法)を用いて社会問題の対策と直結した研究所へ発展させてきました。

 先生のご略歴を簡単に述べておきますと、1921年オーストリア生まれで、哲学と言語学で1949年にベニスで博士号の学位を取られた後、スイスのユング研究所で学び1954年には精神分析家の称号も得ています。1960年にドン・ジャクソンがパロ・アルト市にMRI研究所を創設したときから家族療法コミュニケーション派の活動に参加し、1967年よりスタンフォード大学で精神医学も教えていましたが、2007331日にパロ・アルト市で帰らぬ人となりました。まさに20世紀の波乱の歴史を生き抜いた人生でした。

 彼の業績は、家族療法の端緒をつくったグレゴリー・ベイトソンの考えを最も忠実に受け継ぎ、コミュニケーション派の中枢の理論を作ってきました。「どんな人でもコミュニケーション無しにはありえない」「コミュニケーションは内容と関係の伝達をしている」「人間関係の性質は、パンクチュエーションの切り方によって異なってくる」などなど、MRIの中心概念は先生のご研究の成果から出た考えです。

 先生はナラティヴ療法時代が始まる以前(1984年)、すでに、認知構成主義から社会構成主義への変化を示唆する「Invented Reality: How Do We Know What We Believe We Know?」を執筆しております。その後1990年にはマイケル・ホワイトとデビット・エプストンがオーストラリアでナラティヴ・セラピーを創始しますが、すぐにMRIでもナラティヴ療法は注目されるようになり、2年後の1992年にはMRIに留学中であった小森康永先生(岐阜大学)により「物語としての家族」(金剛出版)で日本にいち早く紹介されました。現在注目されているナラティヴ療法が、MRI経由で日本に導入されたことを考えると、MRIを率いてきたワツラビィック先生の時代を見る目の確かさを裏付けることにもなり、時代の先見性が実証された形になっております。先生安らかにお休みください。

<ご著書>
4588021354 変化の原理―問題の形成と解決
著者: ポール ワツラウィックポール ワツラウィック リチャード フィッシュ ジョン・H. ウィークランド 長谷川 啓三 (翻訳) 2625円
4588021443 よいは悪い―暗黒の女王ヘカテの解決法
著者:ポール ワツラウィック 小岡 礼子 (翻訳) 1,680 円
4588002759 変化の言語―治療コミュニケーションの原理
著者: ポール ワツラウィック, 築島 謙三;
4588021176 希望の心理学―そのパラドキシカルアプローチ
著者: ポール・ワッラウィック, 長谷川 啓三;

back



●10万ヒット記念リニューアル、ソリューションバンク.net】

家族心理.com10万ヒットを記念してソリューションバンク.netをリニューアルしました。
【管理者からのメッセージ】
【SolutionBank.net】 管理者の生田倫子です。
「ソリューション・バンク」とは、東北大学の長谷川啓三教授が始められた「子どもたちの問題解決のための、専門家による問題解決事例のデーターベース」から始まりました。私も、河北新報の教育欄にて掲載中の「ソリューションバンク」にたびたび執筆させていただいておりました。
そして、これまでスクールカウンセリング、施設臨床、病院臨床、被害者支援等の臨床活動を行い、さまざまな場所で講演等をさせていただく中で、次のような問題意識を持つようになりました。
それは一人で悩み苦しんでいるものの、いまだカウンセリングにやってくることが出来ない方々の苦しみをなんとかしなければ、ということです。
そして、そんな方々の気持ちに寄り添うのは、専門家から与えられる解決ばかりではないのではないかと思うようになりました。そのような問題意識から、一般の方々による身近な問題解決のデーターベースを企画いたしました。

一般の方々の体験は、自力で解決したもの、偶然のきっかけで問題が消滅したもの、親や親戚のよくわからない行動でなぜか解決したもの、やっぱりなというベタな解決でうまくいったもの、などなどいったい何が飛び出すかわかりません。
そんな多様性によって、今現在悩みを抱えている方が「こんな方法もあるのか!」「こんな偶然の解決が訪れることもあるのか」「こんなに単純に解決していいのか」「やはりありがちな解決も効くんだな」など多様に感じていただければと思っています。
そして、「ちょっと試してみよう」「もう少し待ってみよう。」「生きてみよう」と思っていただければ、企画者としてこんなにうれしいことはありません。

これをお読みの皆さんも、自分の過去の体験から解決の知恵がありましたら「投稿・問い合わせ」までどんどんお寄せください。お待ちしています。
また、志を同じくする皆様とも「暖かいつながり」を大事にしていきたいと思っています。ぜひご連絡をお待ちしております。


【東北大学、長谷川啓三先生からのメッセージ】
SOLUTION BANK の妹版が、このホームページで立ち上がります。小野直広と長谷川啓三らが中心となって仙台で1997年に始め、その後、児玉真澄さんらが中部地区から最初の連携をしてくれました<ITC家族心理研究センターはこちら>
この発端は90年代に名古屋で起きた「いじめ遺書自死」を巡る社会システム規模での悪循環をなんとか解決できないかということでした。
スティーブ・ドシェーザーとインスー・キム・バーグは、私たちの、この活動を早くから知ってくれていて、「SFAアプローチの新展開だ」と、なんども絶賛してくれました。そしてインスーとイボンヌの著書にも紹介してくれています(「解決の物語」金剛出版)。

以来、今日まで新聞ー河北新報の、東北地区最大に日刊紙、毎週火曜日朝刊に現在も続いています。また伝統のある月刊雑誌「児童心理」金子書房でも、本年1月から12月までの予定でツークール目の同タイトルで連載中です。

長谷川   



back


●【追悼特集 インスー・キム・バーグ女史】
NEW!

 解決志向アプローチのインスー・キム・バーグ女史が1月10日にご逝去されました。
技法の秀逸さもさることながら、お人柄のすばらしさ、小柄ながら大きな存在感、スタッフへの気配り、
太陽のような笑顔等、臨床家として、そして人間として本当に優れた方でした。
 ブリーフセラピーへのご功績を悼み、謹んでご冥福をお祈りいたします。 ..
詳しくはBFTCのサイト(こちら)をご覧下さい。


【インスー女史への追悼メッセージ】

磯貝希久子先生 ソリューション ワークス 

「インスー・キム・バーグ先生との思い出」
 2007110日に,インスー先生が愛する夫であり,Brief Family Therapy Center (BFTC)の共同創立者で,Solution Focused TherapySFT)を共に発展させてきたスティーブ・ディ・シェイザー先生の元へと旅立たれました。あまりに突然の知らせでした。インスー先生の数多くの功績は,BFTCHPに詳細に載っていますので,ここでは個人的な思い出を綴らせていただきます。まだ気持ちの整理がついていないので,とりとめもない文章になると思いますがお許し下さい。

 インスーとスティーブとは,10数年前にソウルの地下街で偶然に会うという“奇跡の出会い”から始まりました(その翌日にアポイントは取っていたのですが)。私はその前からSFTを自分の臨床において実践していましたので,彼女たちとお会いできるのを心から楽しみにしていました。ソウルの地下街は人も多く,戦時に防空壕としても使えるように,非常に広く大きく,網の目のように入りくんでいます。そこで偶然にバッタリとお会いするとは,まさに奇跡でした。お二人に声をかけると,インスーは「私たちと一緒に散策しましょう」と誘って下さいました。それから私たちは3人で,市内の名所や骨董市場,教会などを歩き回り,夜にはインスーのお兄様のご自宅で夕食を共にしました。初対面で,英語も話せない私をすぐにまるで家族のように受け入れて下さる,インスーはまさにそういう方でした。

 ミルウォーキーのご自宅で過ごした1ヶ月間は,3人でお散歩したり,動物園に連れて行って頂いたりと,とても幸せな思い出となっています。インスーとスティーブのように,お互いをあれだけ尊重し,敬意を抱き,思いやったご夫婦はいないだろうと思います。それは,SFTを発展させ伝えるという強力な共通の意志があったことが土台になっているからでしょう。お二人は本当に何から何まで違っていました。ジャズとビールと野球が大好きで夜型のスティーブと,クラッシックとワインとバスケットが大好きで朝型のインスー,夕食の時には毎晩のように,「ビールが最高だよ!」と言うスティーブに,インスーが「いいえ,ワインが一番よ」と言って二人で張り合って,まるで子犬同士がじゃれ合っているようなほほえましい会話が続いていました。

 インスーは毎朝5時頃には起きてメールチェックをし,7時過ぎにはBFTCのオフィスに向かって,夕方5時過ぎに帰宅するのに対し,スティーブは10時前くらいに来て3時過ぎには帰宅していました。スティーブの大きな功績やその天才的な知性を知らない人は,オフィスでの仕事ぶりだけを見たら,インスーだけが働いているように思ったことでしょう。料理が大好きでプロはだしのスティーブが毎日夕食を作り,お洗濯も彼の担当でした。スティーブは他の人にまったく干渉しない人だとインスーのお嬢さんが言っていましたが,でもインスーの健康に関してだけは別でした。家事をスティーブが担当していたのも,インスーの身体を気遣ってのことでしょうし,彼女が無理をしている時には本気で怒っていました。でも,自他共に認めるワーカーホリックで,何よりも仕事優先のインスーを止めることは家族にも誰にもできませんでした。

 インスーはあの小さな身体で世界中を飛び回る体力を維持するために,ヨガやウォーキングなどを欠かさず,ミルウォーキーにいる時には時間を見つけてはジムに行っていました。本当にビックリするくらい彼女は身体も柔らかく,若々しい力を維持していました。私もそのジムには何回か連れて行って頂き,そこのスチームサウナがとても気持ちが良いので,そちらにいる時にはよく二人で入りました。彼女が倒れたのがそこだったと聞き,複雑な心境と共に少し救われるような気もします。というのも,インスーが以前「死ぬ前に何をしたいか」という話題の時に,「熱いシャワーを浴びたい」と言ったという話しを耳にしていましたし,そこはサウナがダメな私がお気に入りにしたほど,心地よい場所だったからです。

 私のインスーの臨床を直に学びたいという願いに応えて,10年間の間,彼女は毎年福岡でワークショップをして下さいました。10年間継続して遠い日本に来て下さるということがどれだけ大変なことだったか,私の感謝の気持ちは言葉で言い尽くせません。インスーが毎年来て下さったことが,日本でのSFTの発展に大きく寄与したことは言うまでもないでしょう。その間にトラウマ治療で高名なイボンヌ・ドラン先生,社会学者でBFTCメンバーのゲール・ミラー先生,スイスの児童精神科医のテレース・スタイナー先生を連れてきて下さり,スティーブとお二人でのWSも2回行うことができました。(ちなみに当機関のSolution Worksという名称は,インスーとテレースに命名して頂きました。Worksが名詞と動詞として使えるので,「解決のお仕事」と「解決がうまくいく」という両方の意味を持つからということでした) 2000年以降は,「初心者はあなた達がWSをしなさい,私はトレーナーズ・トレーニングに移行したいから」というインスー先生のご意向もあり,習熟者対象のアドバンスWSとし,‘02からはWSのほとんどの時間がスーパーヴァイズという非常に内容の濃いものとなりました。継続して学び続けることができたこと,インスーのSVセッションを目の当たりにすることができたことは何物にも代え難い財産です。そして,20059月にはインスーとスティーブのお二人を迎えて,一応一区切りということで,福岡での最後のWSを行う予定でした。しかし,その10日ほど前の11日にスティーブがウィーンで逝去なさり,急遽中止となりました。

 インスーはすぐにその代わりのWSを行うからと言って下さったのですが,スティーブの追悼セレモニーが世界各地で行われ,これまで以上の超人的なスケジュールをこなしているインスーの身体が私は心配で,1年間は空けて0708年に締めくくりのWSをして頂くという約束になっていました。でも,もうそれも叶わなくなってしまいました。

 私にはスティーブが「もう充分だよ,もういいよ」とインスーを呼んだように思えてなりません。私だけでなく,SFTを学ぶ人たちみんなにとってインスーは母親でした。子どもとしては,たとえインスーが仕事をいっさいせずに隠居していたとしても,生きていてくれるということだけで心の支えになります。しかし,彼女はそういった生き方を望んでいませんでした。スティーブ先生がお亡くなりになって、私が想像以上の大きな喪失感にうちひしがれていた時、インスーから頂いたメールに「スティーブは医師から無理をしないようにと言われていたが,彼は長く生きることよりも,クライエントの役に立つことや,SFTを教え,働き続けることを望んでいた。私はそんな彼のことを尊敬しているし,あなたには彼の死ではなく,功績を覚えていて欲しい」というようなことが書かれていました。その言葉は,今となっては彼女自身にもあてはまる遺言のように思えます。

 インスー先生はいつも,「SFTを多くの人に伝えることが自分のミッションだ」とおっしゃっていましたが、最後まで精力的に世界中を回ってソリューションを伝え、そのミッションをまっとうしたことに満足していることと思います。そしてきっと,天国でスティーブと一緒に笑いながら、「私はとっても幸せな人生だったわ」とおっしゃっていることでしょう。そういう彼女の生き方に,心からの敬意と感謝を捧げたいと思います。
そして私も,そのご恩に少しでも報いることができるように,これからもクライエントの役に立てるように,そして「インスーとスティーブのSFTを皆様に伝える」というミッションを果たしていきたいと思います。

インスー,心からありがとう。


長谷川啓三先生 東北大学大学院教育学研究科教授

「母なるインスーとフィットネス・ダンス」
 いつもはインスーがメールでBFTCやMRIの仲間の状況を教えてくれる。しかし今回は、それがなく、その訃報を疑っていた、いや信じたくなくて、今日まで来てしまった。やはり、110日にフィットネスのジムで亡くなってしまった。
 フィットネス。ダンスのこと。これには思い出がある。インスーは、筆者らが、解決志向的な介入として非言語的なそれを、いくつか工夫をして成果をあげていることをよく理解してくれていた。彼女らの著書(解決の物語・金剛出版)にも、そのうちのふたつを紹介してくれている。インスーのダンスの思い出はそのことに関係している。
 ベイトソンの藝術論に絡んで、音楽や抽象絵画と比較して、ダンスというのが非言語芸術の中でも研究が遅れている。それで自分はダンスに興味を持って接しているが、インスーは何かダンスをやらないのかと、ドシェーザーもいる中で問うた。すると「ダンスを長くやっている。私はジムでそれを欠かさずやっている、とても楽しみだ」と教えてくれたことがある。筆者には、ついこの間のことのようだが、多分15年は以前のことである。

かつてミルウォーキーのご自宅で一ヶ月を過ごさせていただいた。夕食は、多くスティーブが腕をふるってくれたが、少年裁判所の見学も、ご親戚と研究者の紹介も、シカゴの建築群案内も、地下室でのビール作りも、大リーグ最弱のブルワリーズの仲間を集めての観戦もが、みんなインスーが、まだ若い日本から一研究者のために、そのマネージメントを喜んでやってくれた。それは今考えてみると、その後に世界的に名を成す夫君、スティーブのための応援でもあったろう。

母だった思う。我々にも、そして誰よりも、夫であるスティーブにとって。天才肌の夫をよく支えていたと思う。日課であった毎朝の散歩もご自分よりは大柄のご主人のためであったろう。

面接を見たことがある者なら、スティーブよりもインスーのそれがいい、上手と感じる者が多いはずである。彼らが工夫した例外に焦点をあてるそれに忠実なのはインスーであると。しかしインスー自身は常にスティーブを治療家として研究者として最大の敬意を払っていたし大ファンであった。

お生まれはいつ―歴史に残る、われわれの領域での人物の中で、インスー・キム・バーグこそは、そこに並びうる東洋の臨床家であると思い、辞書の人名欄に載せるべく、ご自身の年齢をきいたのが最後のやりとりだった。この時、インスーは、「西洋では、女性には、年齢はきくものではないのは知っているでしょう」と冗談を込めての長文の返事があって、さてどうきき出そうかと、楽しみにしていた矢先であった。
 日本から、心を込めてご冥福をお祈りさせていただきたい。
 

<御著書>
解決のための面接技法―ソリューション・フォーカスト・アプローチの手引き 子ども虐待の解決―専門家のための援助と面接の技法 子どもたちとのソリューション・ワーク 家族支援ハンドブック―ソリューション・フォーカスト・アプローチ 解決へのステップ―アルコール・薬物乱用へのソリューション・フォーカスト・セラピー
解決の物語―希望がふくらむ臨床事例集 飲酒問題とその解決―ソリューション・フォーカスト・アプローチ ソリューション・フォーカスト・アプローチ―アルコール問題のためのミラクル・メソッド

back




●【日本ブリーフサイコセラピー学会 2006・学会速報】
【レポーター 池亀真司 東海大学大学院文学研究科コミュニケーション学専攻】

日本ブリーフサイコセラピー学会第16回横浜大会が、横浜市立大学にて開催されました。

日本ブリーフサイコセラピー学会 第16回 横浜大会 
2006825日−27日 横浜市立大学(神奈川)
大会テーマ【あなた】×【わたし】×【学ぶ】×【教える】=?

「セラピストの発展〜A Evolution of Psychotherapist」

講演者:ジェフリー・K・ザイク博士(ミルトン・エリクソン財団理事長)

ザイク先生の生い立ちから、母親、父親をはじめとする家族の影響、そして彼の人生に測り知れない影響を与えているであろう天才M.エリクソンとの出会い。ザイク先生が発する言葉一つ一つの中にM.エリクソンに対する尊敬の念が込められており、その情熱に圧倒された。エリクソン自身の慢性疾患の影響から生まれたといっても過言ではない、実にポジティヴでエレガントな催眠療法の技法は、特に家族療法/ブリーフセラピーに脈々と受け継がれより洗練されてきているように思う。

やはり、ザイク先生が強調されていたことは「ユーティライゼーション(利用)」であった。エリクソン・アプローチ、そして家族療法/ブリーフセラピーの柔軟な精神はまさに「利用」であろう。エリクソンは、「利用」について以下のように語っている。

「どんなものが与えられようとも、それは壁ではなく、自分が利用できるものなのだ。」

「壁なんか存在しない、それは利用するものがあるだけだ。」


 とても素晴らしい言葉である。今後、家族療法/ブリーフセラピーを研究/実践していこうと考えている私自身に大きな希望を与えてくれたと実感している。

back



●【速報・認知行動療法&家族療法ワークショップ】


【レポーター 池亀真司 東海大学大学院文学研究科コミュニケーション学専攻】

 認知行動療法&家族療法ワークショップが、大橋会館にて開催されました。
200685日−6日 大橋会館(東京目黒区)
テーマ 『 認知行動療法&家族療法ワークショップ−臨床心理士としてのスキルアップを目指して− 』

講師
下山晴彦(東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース教授・教育学博士)
中釜洋子(東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース助教授)

「統合的介入に向けて」

講演者:中釜洋子助教授(東京大学)

<次のように問いかけてくるクライエントさんがいました。あなたならどうしますか?>

「心理療法って本当に役に立つんですか?」
「ここで行われていることは、新興宗教や気休めのための相談と、どこがどう異なるんですか?」

<統合的介入>

定義:心理療法の統合(integration for psychotherapy)とは

学派の壁を越えて二つ以上の理論アプローチを組み合わせたり、一つの理論の枠組みの中に他の理論から技法や臨床概念の一部を取り入れたり、あるいは個人療法と家族療法など異なる形態の心理療法を組み合わせる試みのこと。

ねらいは、統合的に考える以前の個人モデルより、より広範な臨床母集団(学校臨床など)や問題に効果があって効率の良いセラピーシステムを開発することにある。

始まりは1980年代〜欧米圏で始まり、盛んになった。
⇒心理療法は本当に役に立つのか? 何がどのような問題に役に立つのか?

<統合が盛んになった理由>

@臨床心理学が誕生して100年、それなりに成熟した(ある時には、400を超えるアプローチが存在)。主だったスクールが成立し、第二世代、第三世代の時代に入ったことの影響→相互検討の可能性

Aポストモダニズムという時代背景

ポストモダニズム:知る人を離れたところに知る行為は存在しない。私たちはこの世の中を、私たちが生きて行く中で身に付けた眼鏡を通してみることしか出来ない。
⇒万人にあてはまる唯一絶対の理論は存在しない。
最も優れた理論は何か?→どんな問題()にどんな理論が役に立つ?

B効果研究や実証研究の結果
1)心理療法には効果がある。2)どれか一つの効果が突出しているわけではない。

C経済的・現実的要請

特殊社会階級の特殊なニーズに応える心理士→コミュニティの要請を受けてコミュニティで働く臨床心理士が誕生。

経済論理/効率性/社会にとって役に立つ、誰もが行える心理援助の実現を。治療群と対照群を設定した、追試可能なアプローチ「マニュアル化」「ブリーフ化」

D統合を推進する団体の誕生

「心理療法の統合を探求する学会(SEPIthe Society for the Exploration of Psychotherapy Integration)」が誕生した。

 <実証研究が明らかにしたもの>

 @アイゼンク(Eysenck,H.J 1952)の問題提起

 「精神分析は役に立たない。むしろ悪化させている」


 A197080年代、メタアナリシス研究が開発された。


 Bランバート(Lambert,M.J 1982)の研究

1)効果はある。

2)どれか一つの学派・技法が秀でているという差は認められない(共通因子)

3)「クライエントの要因」が40%「期待と希望の要因(プラッシーボ効果でもある)15%「技法の要因」15%「関係の要因(共通因子とも言われる)30%

<統合のモデル その1

 @技法的折衷
「あれこれ取捨して適切なところを取って来る」理論ではなく、まずは現実ありき・理論に囚わ れることなく「何をするか」が重要 

 A理論的統合

 昔から追及されてきた、精神分析と行動療法の統合
 ex 快楽原則=強化?
 発達早期の出来事〜様々な要因が加担し現在進行形で維持されている不適応パターン。

 B共通因子アプローチ
 すべての理論に共通する、効果をもたらすものとは何か?「情動修正体験」こそが共通因子か?

 C同化的(assimilative)統合(現実的な発達過程として、お奨めだろう)
 ある種の心理療法システムを出発点に据える。他のものの見方や技法を慎重なやり方で組み入 れて融合する(すなわち同化する)
 
 Dその他、回復ステージに沿った統合や多面領域的統合
 熟考前段階、熟考段階、準備段階、行動段階、維持段階、サポート→探求、実行へ



back


●【シンポジウム・発達障害児の理解と援助 速報 
【レポーター 高橋誠 武蔵野大学 】

 

発達障害児の理解と援助シンポジウムが、武蔵野大学にて開催されました。

司会進行:生田倫子先生(武蔵野大学)

 

back


「臨床から感じてること」

藤井和子先生。埼玉県児童相談所で20年、国立精神・神経研究所(精研)17年、まめの木クリニック。児童思春期の発達障害の研究の第一人者。ADHDをもつ親へのぺアレントトレーニングが専門。

軽度発達障害について理解が足りないと感じている。また軽度発達障害を持つ親は大変な状況に置かれている。

東京都で虐待した親の再統合のためのペアトレ。虐待によってではなく、もともと軽度発達で、親が頑張り過ぎたため、虐待に至るケースが4割ある。子どもたちの発達補償について、虐待との絡みは考える必要あり。しかし、受容・共感では、十分な対処できない、親の支援がどうしても必要と痛感した。ペアレントトレーニングとは、子どもを何とかするのでなく、子どもを持つ難しさ、周りから見えにくい難しさを持つ親に、親がどう対処するか。少しでも楽にさせる「省エネ育成法」。「子どものために変わりなさい!」「親がこうすべき!」では続かない。「こうするともっと楽にいくよ」というスタンス。アメリカでは20数年の蓄積。行動療法に基づいている。親の自尊心も持ち上げ、子の自尊心・自己価値観を低下させないためにも、パーソナリティに触れず、行動に注目。否定的ばかりから、肯定的に注目し、子供との関係を良くする。嬉しいを伝えるようにさせる。当たり前のことを徹底的に褒める。「無視して、待って、褒める」。「親御さんは25%できたら褒めるルール」というのがある。いらいらする親に対しては、行動を三つに分ける。すると、「今までは子どもの悪い行動でなく、私自身がが恥ずかしいと思う行動だったんだと気が付いた。私の問題なんだ。」という親もいる。これには感動する。的確に行動を分析できるかというところ以上に、思わぬ気付きが得られる。

発達障害児の親御さんの大変さと孤独。発達障害を抱える親はほんとに大変。障害児の親は自分に厳しく、罪悪感が強い。周囲や親類にすら理解されないが、誰が育てても大変。普通の要求が、こういう親には過大な要求になりかねない。ペアトレ、プログラムのひとつとして、かなり具体的な対処法を教える。定着は難しいが、フォローを繰り返し、グループで集まりシェアして行く。日常生活の中で、うまく使いきれるのは難しいが、こういうやり方があると思うことが楽になる、期待感を持てる。

現在はADHDのペアトレのみだが、ADHD単独症状は2割。ほとんどは自閉圏、アスペ等広範性発達障害(以下PDD)の合併。ADHDはまだ総合性を保てる。PDDは総合性が難しい。ペアトレも相当工夫が必要。PDD圏は、「無視して、待って、褒める」の3原則のうち、「無視して」が効かない。だから母親が子にハッキリ宣言するなど工夫が必要。例えば“宝くじ”にこだわって一日に何度もくじのことを聞いてくる→イライラするというパターンなら、「5回まで聞いたらもう聞きませんよ」と宣言する。そして聞いてくるたびに「1回、2回」と数える。もし黙ったらすかさず褒める。これを繰り返す。そうすると、完全になくならないが、イライラするほどではなくなる。中学高校では二次障害がでる。そこがペアトレの限界。虐待予防。児童相談所勤務が長いので、非行や虐待など様々なケースを見てきたが、一番の問題は虐待だと思った。ペアトレは虐待予防に効果的。

障害児をもつことで、いろんなことを発見したという家族が多い。それを見ると感動。ペアトレを続ける勇気に。我々は与えるよりも何十倍も与えられることが多いと思う。共に歩んでいくことの中から生まれて行く。

 

back


「発達障害児への医療支援」

吉川徹先生。精神科医。愛知県心身障害者コロニー中央病院。日本で数少ない発達障害児の専門医の一人。

 

医療でできること、医療的な「診断」のメリットと、デメリットの紹介。「診断」:DSM-W、ICD-10が診断基準だが、その基準は曖昧。医療では合併症の診断もされる。また、薬物付与が可能だが、発達障害に対しては対症的なもので。完治はしない。メチルフェニデートはADHDに効果的だが保険得点がつかない。医者の責任で使ってる。(診断のメリット。ペアトレ等の場合、個別でやるか集団でやるかの見極めができない。また、親御さんの精神・社会・経済的なアセスメントができない。「発達障害」という診断は、とても手間が省ける。「診断」に対しては、何をしたらいいかという情報の蓄積がある。また他の先生に伝える際、診断名がないと説明するのが大変である)

古典的医療モデルの弊害。古典的医学モデルは、『病因(遺伝的要因)→病理(注意機能障害、実行機の障害)→症候』。この矢印をストップという考え。わかりやすいシンプルさは力がある。利用しやすい。医学モデルには緊急性が高い状態、資源の少ない状態で、とても有効に作用する。医学モデルは特別なトレーニングを受けていない一般小児科医にも理解しやすい。医学の馬鹿ちから。発達障害を脳の先天的な障害として捉えるかわりに、心理的要因環境要因が抜け落ちやすい。関係者みなの頭から抜ける。介入も単純化。「薬」とすぐになる。発達障害などの長期的な要因の場合、医学モデルでは続かないし、あまり有効でない。「介入の単純化」「主治医」医者へのまるなげ、関係者の姿勢の変化。これが医学の馬鹿ちから。

「子どもの心の診療医」:子ども専用の精神科医、小児科医は1500名。専門は200名(厚生労働省の概算)しかいない。子供全人口のうち、PDD1%、ADHD3から4%。毎年200万の子どもが生まれる。この数の少なさは重篤。地域偏在。愛知は専門が20人もいる。関東も多い。じゃあ他の地域は?受けたくても受けられない地域が山のようにある。どうする。地元の先生に助けてもらう。そうなると医学モデルのシンプルさが力をもってしまう。医学に対してどうするべきか?医学支援は力があるが、頼り切っては危険。医学モデルを 絶対視しない。医者はシンプルな説明を使いたがる。使用者の立場から現状を理解する。また薬物療法を過大評価しない。バランスよく。専門医の有効な活用。情報提供、仕入れる、周りの方と連携を普段からとっていく。ネットワークによる支援を目指して。医学モデルには限界。日本全国はすぐには無理だが、これからのネットワーク作りに期待。

(言語療法や作業療法。PDDは早口で不明瞭。相手にわかってほしいというのがないためか。「言語療法」:発話にこだわっていない。代価コミュニケーションとして絵カードも使う。「吃音(きつおん)」は非常に治り難い。意識するほど。「こうおん」には、言語療法は効果的。「作業療法」:不器用、